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短期語学研修の思い出 高和 瞳 私は2004年度の夏季において、8月29日から9月19日までの約3週間、短期語学研修を目的とするUCLA公開講座のE.C.P(English Communication Program)集中講座を受講し、同時に、朝日・明海大学の為に組まれた2004年度Intensive English Communication Programによる観光や見学を通して、大変有意義な多くの経験を得る事が出来ました。 今回のこの研修を振り返ってみると、学ぶ事から遊ぶ事まで、生活上のあらゆることを一度に経験できた期間ではなかったかと思います。 海外の人々がよく、我々日本人を称して「彼らは勤勉だ」と評価するのを耳にします。それを聞くと、では欧米の国では日本ほど労働に時間を割いていないのかという感覚をつい持ってしまいます。 ところが現在、平均的なアメリカ人の夏休みなどといえばむしろ日本人より少ないくらいだそうで、ジュリエット・ショアー教授の著書『働きすぎのアメリカ人』によれば、アメリカの中小企業社員がとる1年間の有給休暇は平均8日であるとのことで、私は大いに驚きました。また、アメリカには日本のように全国的な国民休暇である正月や盆、ゴールデンウィークなどはなく、あるとすればクリスマスや感謝祭くらいで、いずれも土日を入れて4連休前後なのだそうです。 しかしそんな現状にあって、今回の研修中に私が現地で知り合ったり、街中で接したりした人々の多くは、いつも陽気で、笑顔がとても印象深かったです。一方では労働時間が厳しいとされている社会の中での彼等のあのパワーの源は一体どこにあるのか、疲れは無いのだろうかとさえ思うほどでした。 そこで私は彼等の生活の中に、どの様な余暇の楽しみ方があるのだろうかと考えてみました。 一日の講義が終わったある日、友人と待ち合わせをして学校から車で20分ほど離れたロサンゼルス郡美術館・LACMA(ラクマ)へ行きました。そこは西海岸最大規模の美術館で、国宝級の日本美術である縄文・弥生土器から古伊万里や北斎などを集めた日本館をはじめとして、計5つの美術館からなっている素晴らしい所です。そこで、いざチケット代を払おうと受付へ行ってみると、「お金は要らない」と言われるのです。理由は、たまたま行ったその日の曜日が毎週フリーデーで無料だから、という、ただそれだけの事だったのですが、マネやモネ、ルノワールといった著名な画家の絵画や美術品が触れられる程の至近距離という開放的な運営の姿勢に驚いてしまいました。 ロサンゼルスにある美術館の殆どが同様の運営をしており、大体の美術館施設の入場料が無料から10ドルまでという設定で、それにより誰でも手軽に美術鑑賞が出来るという状態です。 パンフレットをもらい、受付に学校帰りの重い荷物を預けて、ゆっくり見学できるのも嬉しい事でした。 同じ美術館の中でも、J.Paul Getty Museumには驚かされると思います。 石油王J.P.Gのしゅうしゅう蒐集した古代美術から、近代、現代の絵画、フランス美術が等が展示してあり、山の上に立つ展示館そのものが美術品だとまで言われているほどです。街のはずれの高台に建つ美術館まで、麓の駐車場から専用の電車を通しているという規模で、それでも入場料は常に無料、観客への配慮から人数制限までしているという徹底ぶりです。 そういった、観客に対する行き届いた配慮には、今回現地で生活する中で何度も出会うことが出来ました。 そのひとつは週に一度、定期的に街で開かれる市場での事です。 市場といっても、日本でもみられるような道路脇に簡易な露店を構えるというものではありません。通常車道となっている一本の道を完全封鎖して車一切を締め出し、バンド演奏のステージを設けたり、ハーゲンダッツといった企業店も出店させたりするという大変賑やかなものでした。 市場の露店の品物を眺めていると、食べ物ならすぐに「味見をしてみろ」と勧めてくれたり、目の前で新鮮なフルーツを切り分け、試食させてくれます。また、丁寧に手作りの品物の説明をしてくれたり、客を引き寄せる為に派手なパフォーマンスで笑わせたりと、まるで一種の娯楽施設にいるかのようでした。 食事をする為にいくつかの店が隣接した百貨店内の食堂へ行った時も同様でした。カウンターのガラス張りケースの中に並ぶ料理と、周りの店のものとを選び悩んでいると、とたんに商品である料理を「こっちは甘い。こっちは辛い」と次々に差し出してくれるのです。 私はその度に、サービスがいいなと思ったものでした。 日本の市場でも同じ様な事がみられるだろうと思いますが、そうした場合の人々の感情はどのようなものなのか、そこに差はないのだろうかと考えました。 日本で“サービス”といえば、一般的に“無料・奉仕”という意味で捉えられる事が多いのではないでしょうか。しかし、英語のserviceに“無料・値引き”といった意味は無く、日本の感覚である“無料サービス”に対し、アメリカの考え方は“サービスにはお金がいる”というものだといいます。そこからでてくるのが日本の“心付け”とも異なる、現地などでみられるチップ制度というものでしょう。 つまり市場で試食を勧めてくれた人も、結果、それが無駄になるかならないかは別として、その事がビジネスにつながるものだと確信して行っているわけです。これはもちろん日本でも同様にみられるものであろうし、そうであろうとも思います。けれどアメリカのチップ制度がある事で、単なる日本社会のサービスというもののそれとは、やはり随分差があるのではないかと感じさせられるのです。 それというのも、基本的に欧米では、ウエイトレス等の単純サービス業は時給が非常に低いといった事から、チップを頼りに働き、生活している人がいるというのはよく知られた事です。外国のチップ制度とは、日本でいう“サービス”の極限にまできており、同時に「感謝の形を現金で」という本来の姿そのままであるともいえるでしょう。 日本では一時期、ボランティアの義務化・制度化といった事が論議されましたが、実際に、価値を計る奉仕というものをビジネスにしてやり抜いている姿がアメリカにはあるように思えます。それを享受した側は幸福感や満足感を得、一方でそれはビジネスとして形成されていくのです。 チャイナタウンでは、現地の人々が幸福感とビジネス、ひいては遊びと仕事というものをいかに分けて考えているかを印象付けられました。 ハリウッド映画に登場する女優やキャラクター等、様々に扮装した人々が親しげにやって来るので、「これはチャンス」とばかりに競って一緒に写真を撮ってくれと頼みます。彼等は快く受け入れてくれますが、その後「チップをくれ」とはっきりと言います。日本に住んでいると忘れてしまいがちな感覚で、実際、彼等と合同写真を撮った多くの学生はそれを忘れ、彼等が立ち去ってしまった後にカメラマンとなった先生がまとめてチップの支払いをさせられていました。ただ情に厚いだけではなく、まさに仕事と遊びをドライに使いこなし、徹底的にそれをやり通すのです。 一方、アメリカ人の余暇の楽しみといえば、国民的スポーツである野球は欠かせられないでしょう。2012年のロンドンオリンピックでは国際的な認知度の低さという理由も付され、開催種目から除外されてしまいましたが、アメリカンフットボールやバスケットボールと並んで、野球はやはりアメリカのスポーツという感があります。その本場現地での野球観戦は、私にとってとても良い意味でのカルチャーショックでした。野球の事を何も知らない私でも、特に観客席に集まった5万人以上の人々の熱気、応援の凄まじさはそのまま、アメリカという国民性を表していました。全てにおいて観客の側がまさに全力投球で、応援したい時には席を立ち上がり、足を踏み鳴らし、会場中でウェーブを作り上げ、反対に、相手チームに対してはここぞとばかりに大きなブーイングをしてみる。それでも、決して相手に対する敬意を忘れないのです。相手がすばらしいプレーをした時には誰からともなく拍手が沸き起こり、会場中で応援するのです。 あちらの人々の感情表現はストレートで、それもまた日本とは異なるものです。 朝日・明海大学の為に催されたDr. Kleingartnerの講演を聴いていた時に、現地大学のスタッフらしい一人の黒人女性が、話の最中に突然、一番後ろの席から「それは人種差別ではないか」と、教授と意見を対立させた場面がありました。「いいや、私はそうは思わない」と、教授と女性との間でやりとりは数分続いたような気がします。場所も身分も関係なく、その場で思ったことはすぐに自分の言葉に代えて発言する。何事にも行動的でいこうと言う現地の人々の言葉の意味はこういうことなのかと、その場で感じた事はとても強烈でした。 自分の思いや感じることを的確に整理し、自らの意見として相手に主張する意志は当然に重要なもので、またそれを実行することのできる彼等の日頃からのコミュニケーション能力には目を見張るばかりでした。そして彼等の日常、すなわち仕事や余暇への向き合い方にはそれが如実に現れています。 LACMA美術館までトヨタのレクサスで送ってくれた女性がいました。私の母親ほどの年齢の人ですが、彼女も私達と同じように語学研修生として共に勉強した仲間でした。サウスコリア出身で医者でもある彼女は、「私は家にいても家事は一切やらない。家政婦に全て任せて家では絶対に働かない」と言うのです。それを聞くと、「贅沢だ」と返したくなりますが、考えればそれは彼女なりの時間の使い方であり、仕事と休みの切り分けです。仕事を終わらせて帰った後で、何もせずにすむ家庭でゆっくりとした余暇を過ごしているのかもしれません。そして、そんな彼女の家で家事の何もかもを任されているという家政婦は、やはり自分の仕事をしているのです。 また、現地で私が最も驚いた仕事というのが、テーマパーク・ユニバーサルスタジオへ行った時に遭遇しました。門をくぐり入ってすぐの正面にある噴水中央に、4体の立派なブロンズのような像が飾られています。ところが、そのうち一番右端にポーズをつくった1体だけが、誰にも気付かれる事なくふと動いたところを見付けたのです。それはもちろん、生身の人だったのでしょうが、夏の炎天下の中、どのようにしてやったのか不思議でならない、指先から外気にさらされている肌も含め全身真っ黒で、まるで見劣る所のないブロンズ像の装いでした。 日本人同様、彼等も体を休めたり余暇を楽しんだりしているのは当然の事です。ただ、それに対する姿勢が日本とは少し異なっているのかもしれないという事を今では感じます。 それは、入場料無料といった美術館などにみられた社会慣習・制度という他に、仕事、余暇の徹底したまでの使い分けということにいたるまで、全てにおいて全力で進む姿勢が答えなのかもしれません。それは活動的なものであり、積極性です。そして全ての根底にあるものは、アメリカ人のいう“サービス”精神、また他人はもちろんのこと、楽しむという事においては常に貪欲なその姿勢ではないかとも思いました。 それは個々人から社会全体にいたるまで浸透している、生活の基本である家庭の繋がりの重要さが潜在意識の中に組み込まれてもいるのではないでしょうか。 そうして、明確な自己表現の仕方・手法もまた、幼い頃から毎日の生活の中で学んできたことなのでしょう。 それは積極性であると同時に静、動を併せ持つ人格であるともいえます。 本来、奥ゆかしさを趣とする日本人は、また深謀遠慮といった能力も持つ、考え深い性質でもあったのだろうと私は思います。しかし現在、テレビ等で目にする街頭インタビューでは、国民一人一人が政治や国際、社会問題を真剣に考え抜いているという姿勢があまりみられません。聞かれたので答えながら考えるとか、とりあえず何かを言いながら思いをめぐらすといった人が多いのではないでしょうか。 外国語を学ぶ外国人の多くが、特に、日本語は難しいと捉えるそうです。 それは、表現方法や言葉の言い回しなどが外国語に比べ様々あるからでしょうが、その中でも、例えばアメリカのように「イエス・ノー」のみでの答えをしてしまう事が日本の場合には比較的少ないということです。「大体〜」というような中間があるものだとして、選択肢が同時に用意されている事に慣れているし、それは物事の考え方ともなればより強く主張され、表れてきます。 また、日本人の感覚では、金銭の事に関して細々言うのは好ましくないとか、そんな場で言われたのでは興醒めしてしまうではないかと、未だに少なからず拒否感もあるのが本音です。しかし日本の慣習は、それなりに意味のあることとして、無理に外国式にあてはめて直そうとせず、むしろこれこそ尊ぶべきであり、大切にするべきなのだろうとも考えます。 Edutainment(エデュテインメント)という言葉があるそうです。 Education(教育)とEntertainment(娯楽)とを組み合わせた造語で、「楽しみながら学ぶ」というコンセプトだといいます。アメリカで94年頃から登場し、現在では新しい教育方針として取り入れられたり、エンターテイメント業界や、企業等でもビジネスの基本として採用しているそうです。 私の考える「常に新しいことを発信し続ける国アメリカ社会が」ここにも反映されていると思えます。 そんなアメリカは現在、強大な行動力を持って国際社会をリードする世界の紛れもない先駆者です。その中のロサンゼルスは、最先端のアメリカ社会のすべてを凝縮した、新しい空気を生み出す街と言えるでしょう。 そしてその空気に触れられたことで、はじめて「見比べる」という事ができ、私達の国の大切さや誇らしさに気付き、日本人としての自分自身こそを改めて強く感じさせられました。 アメリカで過ごした3週間 佐藤 由実 私がアメリカで経験したことはとても思い出深いものとなりました。ジャンクフードのあまりの量に驚き、地下鉄は日本のものと比べものにならないくらい大きかったりと、また、UCLAは学内にスーパーなど様々な店があり、まるで一つの街のようになっていました。すべての経験がとても新鮮で、楽しく毎日を過ごすことができました。 UCLAでの授業では、まずクラス分けをし、レベルに合った授業をします。私がいたクラスは全体の中間のレベルでした。しかし、もちろんのこと説明からすべて英語なので、初めはまったく理解することができず、わかる人に聞いたりしてその場を凌いでいましたが、それでは自分の力にならないと思い自分で理解することを心がけました。授業の内容は、ほとんどがテキストをそっての内容でしたが、たまにコメディーのビデオを見たり、言葉のゲームをしたり、授業の一環でハリウッドに行ったりと、五感でアメリカや英語を感じとれました。ハリウッドでは、有名なチャイニーズシアターなどを訪問し、とても充実したものになっていました。 授業の中で一番心に残っているのは、授業の締めくくりで行ったスピーチです。内容から文まですべて自分で作らなければならず、文法をしっかり学んでおけばよかったと後悔しながら、何日もかけて文を作り臨んだスピーチでした。私が話した内容は、「アメリカにきて分かった日本との違い」で、気候や食べ物、乗り物など、自分が感じたすべてのことを話しました。文法も何もかもはちゃめちゃなため、これではクラスの皆に笑われると思いました。しかし、皆は真剣に私の話に耳を傾けてくれ、中にはあいづちを打っている子もいて、最後には大きな拍手をしてくれました。とても緊張しましたが、このスピーチで「やりとげた」という達成感と、下手でも自分で表現することがいかに大切かを知りました。そして、人前で話すのが苦手でしたが少し改善され自信がついたようにも思えました。 それは日々の生活でもそうでした。街で道を聞くときも、現地の人と話すときも同じで、何かを言葉に出さなければ相手に伝わりません。当たり前のことですがそれがよくわかりました。 あっという間に過ぎてしまった3週間でしたが、この経験を通してこれからも英語の勉強を続けていこうと思いました。 これまでにない経験を与えてくださった先生方に感謝いたします。ありがとうございました。 UCLAの短期留学体験記 尾関 美春 私は、夏休みの約3週間、UCLA短期海外研修に参加しました。アメリカへ行くのは初めてだったので、とても楽しみでした。UCLAは、迷子になってもおかしくないくらいとても広かったです。 授業は、初めにプレイスメントテストを行い、クラスが分けられました。クラスには、他の大学の学生やいろいろな国の学生がいました。授業はすべて英語で行われました。授業内容は、クラスによって違いがありました。私のクラスは、ビデオを見てリスニング力を高めたり、ビデオの内容についての問題を解いたりしました。他に、クラスのみんなで会話練習をしたり、発音練習をしたりしました。私が一番苦戦したのが、発音練習と、音楽を聞きながら歌詞の空欄箇所を埋めていくことでした。発音練習は特にrとlの練習でした。今まであまり気にせずに発音していましたが、何回も発音したことによって意識するようになりました。音楽を聞きながら空欄個所を埋めるときには、毎回少しでも多く単語が聞きとれるようにと頑張りました。でも、空欄の数に比べて自分が聞きとれた箇所は少なかったし、聞きとれても単語のスペルが分からないということもよくありました。また、初めてパワーポイントを使ってプレゼンをしました。私のグループは、ハリウッドにあるwalk of fameについて発表しました。解説をする人の話を聞きながらメモをとって発表に備えました。その後、テーマについて見たり感じたことを文章にし、写真を使ったりして、それぞれ分担して準備し、話すときのタイミングなどの練習をしました。みんなの前で発表するので緊張したし、自分の英語が聞き手に伝わっているのか心配でした。最終日には、英語でのイス取りゲームをしました。自分が移動するのかどうかすぐに判断するのは大変だったけれど、懐かしいなあと思ったし、久しぶりにやったので楽しかったです。授業の中で、自分が知らなかった表現の仕方などを知ることができて良かったなあと思います。 研修中の休日は、ランゲッジパートナーと一緒にディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、ビーチ、ショッピングセンターなど様々な場所に行きました。彼らと休日を過ごすことによって、日常の会話が身についたように思います。ディズニーランドでは、並んでいるときに乗り物が故障して乗れなくなるなど、そんなハプニングもありました。ユニバーサルスタジオでは、水に濡れることが多く、でも思いっきり濡れても気候の関係で乾くのも早かったです。休日以外でも放課後に出かけたりしました。買い物をしたり、ゲッティセンターという美術館にも行きました。美術館は入館料が無料で、有名な絵画や彫刻が展示されており、建物はすごくきれいで、景色も最高でした。休日や放課後にいろいろな観光地を訪ねることができて良かったです。最終日にランゲッジパートナーと夕食した後のお別れはとてもさみしかったです。 アメリカで感じたことといえば、バスの停留場に日本のような時刻表がありませんでした。何時台に何分と書いてあるのではなく、前のバスが出発してから何分後に来る、と書いてあるだけでした。私たちがバス停に着いたときには、いつも出発した直後だったので待ち時間が長かったです。ランゲッジパートナーと一緒に夕食をとったときに気がつきましたが、お酒を注文する際に身分証を見せて、店員さんが確認していました。食事の量にしても、飲食店でごはんを食べたとき、一人分の量ではなく二人分の量といっていいほどのときもありました。だから、途中でギブアップすることがよくありました。英語に関していえば、自分の発音の仕方は不自然だなあと思いました。いろいろな人の発音を聞いていて、日本人でも上手な人はいるけれど、外国人の人と比べると発音がちゃんと出来ていない人が多いかなあと思いました。 UCLA短期海外研修に参加して、自分の英語力はまだまだ全然ないなあと感じました。3週間のうちに学んだ発音の仕方を意識して会話をしていきたいし、TOEICや英検にも挑戦していきたいと思います。私にとってこの3週間は本当にあっという間でした。いろいろな人たちと仲良くなることができたし、学んだこともあり、充実した3週間を過ごすことができました。文法も大事なことだけれど、コミュニケーションをとろうとすることが大切なことだと思いました。英語をもっと勉強して、ぜひまた行きたいと思います。日本とアメリカの違いを体験することができて良かったです。 |
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